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メールマガジン『学級通信のネタ』バックナンバー

第136号


☆我慢・出世・縁起
 「いやぁ、もう我慢の限界だよ」、「勉強しないと出世できないのかなぁ」、「わぁ、箸が折れちゃったよ。縁起悪い…」という風に、普段何気なく使っている言葉。 実はどれも仏教から生まれてきた言葉です。ただし、これらはもともとの言葉の意味とは違って現在使われています。

 「我慢」という言葉は一般によい意味で用いられている言葉です。「我慢しなさい」「我慢強い」「よく我慢したね」とか、苦しくても辛抱する時に使われています。 しかし、もとは自己中心的な我を張る(自分の考えを無理にでも通そうとする)という意味の『我』、 自慢の漫、慢心(おごりたかぶること)の漫、増上漫(ぞうじょうまん:実力が伴わないのに自慢すること)という『慢』ですから、「自分にとらわれる利己的な感情」が、 もともとの我慢の意味です。自己中心的で自分勝手な心(の持ち主)を「我慢」と呼びました。

 「出世」とは、「世の中に出て立派な地位・身分となること」を言います。これももともとは、「仏が人々を救うためにこの世に生まれてくること」が意味でした。 のちに、僧侶が高いくらいの寺に移ったり、高い僧侶の法衣を賜ったりすることも、「出世」と呼ぶようになったため、今の使われ方をするようになったのでしょう。

 「縁起」というと、一般的には、まわりあわせが良いとか悪いとかという時に使われています。一方でお寺などに行くと、「縁起」とかかれた看板に、その寺の由来などが説明されていたりします。 つまり縁起には、「社寺などの由来または霊験などの伝説。また、それを記したもの」という意味もあるのですが、 もともとの言葉の意味は、「さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立しているということ」です。どのようなものでも、必ず他の力を借りて起こるものであり 、他のものとの関わりにおいて、互いに助け合って成立しています。このように、生起や存在のもちつもたれつの関係を「縁起」とよんでいました。 これは仏教では根本的な思想の一つです。迷いや苦しみを一つ一つ消し去って、悟りの道へと進んでいくこと自体も「縁起」と言います。

 他にも「馬鹿」(アオサギの一種で、たいへん用心深い賢い鳥のこと)、「娑婆(しゃば:この世、現実の世界)、「迷惑」(戸惑い,おののき迷う姿)なども、 一般的な使い方ともとの意味がかなり違ってしまった言葉です。

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このページの更新履歴

2019/01/04 修正
2005/10/23 リニューアル
2005/06/20 公開


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