学級通信のネタ   学校でのさまざまな『通信ネタ』となる文章・アイデア・ツールを紹介しています。

教育講話記録 学歴社会について(2)

 先週、『学歴社会について』という話をしました。その中で、「学歴社会というものは、ベストではないけれども、現代においてはベターなシステムである。また、努力すれば、するほど、結果がついてくる公平な社会なので、努力すれば報われる社会と言える」という話をしました。今日は、この『学歴社会』の『知識』という部分に注目して、話をしてみたいと思います。

確かに、「努力すれば報われる社会」というものは、大変ありがたいものです。学歴社会以前であれば、どんなに勉強しても、だめなものはだめ。結局は身分、生まれ、性別、収入などによって、生きるべき道、というものが決められていましたから、頑張ってもそれを覆せないものであったわけです。しかし、現代はそうではありません。「努力によって道を開くことができる、努力によって、自分の将来を設計することができる、実現できる」わけです。

 人間には『自由』というものが与えられています。昨今は、この『自由』というものを、はき違えている人が多いように思います。本来、「何もしない自由」、「努力しない自由」というものはあってはならないものなのです。(注)常に努力向上する中でこそ、自由が与えられるのであって、堕落の自由は、これは人間としては最後の姿になります。君たちの目標をすべきものではありません。また、「自由だからなんでもしていい」という、自分勝手は自由も間違いです。人間はお互いに他を尊重し合うながら、助け合って生きています。一人では生きていけません。山の中にこもって、自給自足の生活をして暮らしていけば、確かに一人で生きていけるかも知れませんが、それは異端です。もっと究極的なことを言えば、動物がいて植物がいて、自然があるから生きていけるのであって、何もなければ人間は生きていけません。

 つまり、この自由は「向上を目指す自由」でなければならないと思うのです。自分がどんどん成長していく、それが社会に役立つ、社会のためになっていく、みんなが幸福になっていく…、そうした無限の可能性を秘めた自由ということです。

 この無限の向上としての自由を実現するために、『知識』というものが必要となります。世の中の様々な常識はもちろん、学問的知識、自ら問題を解決するための能力、他人を導くための力、これらはすべて『知』と言われるものです。この『知・知識』というのは、とても重要で、これがないと人は「愚か」と言われます。君たちもいろいろな大人を見るにつけ、「どうしてこんな訳分からない人がいるのだろう」と思うことがあるかも知れませんが、そういう人がたいていこの『知』というものが足りないのです。知的でない、知性の訓練ができていないのです。これは、一体どういうことかというと、若いとき、つまり小学校から中学、高校、大学と学校で勉強をして大人になっていきますが、その中で、知的な訓練をさぼってきた。また軽視してきた。そして大人になってからもやっていない。『知』を甘く見てきたという結果なのです。そんな人は、多くの人のために生きるとはできませんし、人の上に立つなど、責任ある立場の仕事に就くこともできません。

 ですから、学生のときは、まず第一にさまざまな『知識』を得ることが大事です。このことで、人格の幅が生まれます。そして第二に、勉強する中で『知的訓練』をすることこの知的訓練で、人格の深みが生まれます。

 勉強していて、こんなの将来役に立つのだろうか、何のために必要なのだろうか、思うこともあるかも知れませんが、そうではないんです。すべての知識は、人間というものの人格の幅を広げるために必要なのです。それがないと、狭い考えしかできなくなるんです。おおらかな考えができなくなるんです。それによって、人の話を意見として受け入れることができるようになるんです。それができないと、争いになります。国同士ならば戦争になります。そして、そうした知識をまとめ、整理し、さらに次のステップに導くために『知的訓練』をするのです。これは数学や英語の勉強で鍛えられます。そうしたことで、雑多な知識が体系化され、自分の中で一本の筋のようになってきます。ここまでくれば、ちょっとやそっとの困難、苦難に負けなくなります。立ち向かえるのです。どうやった解決できるか、乗り越えていけるか、そうした「生きる力」というものが備わってきます。

 今、日本では中高年の自殺が多くなっています。統計値だけで年間三万人くらいあります。統計になっていないものもあるでしょうから、実際にはもっと多いはずです。以前、交通戦争と言われた、交通事故死者の多かったときに、年間一万人で、「こりゃ大変だ」と、さまざまな対策がなされたくらいですから、この三万人という数は異常なのです。先進国では最大の人数かも知れません。ちょうど五十代、六十代あたりの人が一番多くて、だいたい五十人に一人が自殺しています。以前は五十人学級でしたから、毎年一クラスに一人ずつ死んでることになります。これは恐ろしいことです。毎年戦争やっているのと同じ状態です。十年くらいで三十万人、広島原爆で亡くなった人の人数に相当します。

 どうして、そうした自殺が多いか、と疑問に思うでしょうが、いろいろな原因がある中で、今日話している『知、知識』というものが不足しているという面があります。多くの考え方、多くの生き方、多くの道、というものを知らないのです。あるいは得た知識が自分の中でまとまっていない、そうした理由もあります。

 今日は『知識』という話をしました。この知識を得るために、知的訓練をするために、君たちはこうして勉強しているんです。これも『学歴社会』の良い点でもあります。そうした訓練をすればするほど、結果もついてくるわけですから、これほどありがたいものはありません。そういう気持ちで、勉強というものに取り組んでください。もっと理想を高く持たなきゃだめです。「自分は日本一の知者になるんだ」くらい気概を持った人が学校に一人くらいいなきゃだめです。だから、勉強はやらされていてはだめです。自分でやるんです。それは、自分のためなんです。自分の将来の道を切りひらく道具なのです。そのことを、強く強く意識しておいてください。

(注):老荘思想的観点が間違いであることを主張しているわけではない。

 
教育講話記録トップに戻る
 

教育講話
学歴社会について(2)

このページの更新履歴

2019/01/04 修正
2005/10/20 リニューアル
2005/04/10 公開


トップページ
ネタ探しのコツ
イラスト・フォントの紹介
ネタの種
教育講話集
学級通信サンプル
合本サンプル (PDF)
マガジンの登録・解除
バックナンバー
 第0号〜第50号
バックナンバー
 第51号〜第80号
バックナンバー
 第81号〜第110号
バックナンバー
 第111号〜第140号
バックナンバー
 第141号〜第170号
バックナンバー
 第171号〜

関連リンク


★教育現場での出来事

★学校通信のネタを考える

★子どもの成績を伸ばす法

★中学生数学ポイント集

Copyright (C) 2003-2019 Saburo Tanzawa All Rights Reserved