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教育講話記録 本当の愛について

 昨日C組の終礼時に、「今日の学年通信は、『バレンタインデー対策講座』ですよ」と言いましたら、みんながばーっともう一度通信を出して見ているんですね。 でも、昨日の通信は内容が深いんです。何となく読んだのでは分からないと思います。 大人でも、流して読んでしまえば、たぶん「あっそう…」、というような感じで終わってしまうかも知れません。でも、本当の意味での対策講座になっているんです。 よくよく内容を読んでみると、実はそうなっています。今朝は、昨日発行分の学年通信「『与えること』こそ美しい…」(注)について若干の解説をしてみようと思います。

 バレンタインデーについて書いてあります。自分も中学校時代、高校時代を振り返ってみますと、まぁ、なんとなくそわそわした…ということは覚えています。 ちょうどそのときに、つきあっている彼女がいて…というのは、あまり記憶がないのですけど、でも、なんかですね、後輩とかね…。…。この程度にとどめておきましょう。 いずをれにせよ、この日は男も女もドキドキする、そんな一日であろうかと思います。

 ただ、そうした思いをしていない人もいるのだ、ということは知っておいた方がいいのです。全然もらえるあてがないから、この日を無視して、素知らぬふりをしている。 「そんなに興奮して馬鹿じゃん」なんて言いながら、実は心の中では、何となく淋しい思いをしている、というのが本音でしょう。 あるいは、僕は全然関係ありませんから、と昔の言い方で言えば、硬派というか、そういう人も少しいる、ことは事実です。 また、こんな風につっぱている人はいいのですが、中には苦しんでいる人もいます。自分にはそういう人がいない。 チョコレート一個ももらえなかった…悲しい、という人もいるのだ、ということ、そういう人への思いやりの気持ちをもって欲しいな、と思います。

 次に、『もらえなければ不幸か』と書いてあります。実はこの言葉が、今回の通信のキーワードなのです。 『愛』というものがありますが、この『愛』を「人からもらうもの。人からしてもらうもの。与えられるもの」と考えるところに不幸があります。

 男女の恋愛にしても、たいてい破局になるのは、「どうしてこんなに思っているのに、相手は分かってくれないの…」という、思いのすれ違いです。 お互いが理解できない、と言えばそれまでですが、そこには巧妙な『愛』のすり替えがあるのです。 それは、互いに、「相手から何かしてもらうことを愛だと思っている、ギブ・アンド・テイクを愛だと思っている」という点です。 本当の『愛』とは、『与えること』です。それにもかかわらず、いつしか『奪う愛』、『相手の心をしばる愛』になっているのです。

 とあります。この部分を知識として知っているのと、知らないのとでは、天国と地獄ほどの差があります。 たいていの人は、大人でも子供でも、この部分で悩みます。「どうしてこんなに思っているのに、相手は分かってくれないの…」という部分です。

 違うのです。『愛』を誤解しています。都合のいいときだけ、自分の勝手な解釈で、『愛』という言葉を使っているのです。 「愛があれば…」なんて、すぐに相手を求めようとする人がいますが、「本当は違うでしょ。求めているだけしょ」ということです。 本当に相手のことを思えば、軽率なことはできないのです。かける言葉一つ、動作一つ、それこそすべてが、相手のために…という思いでいますと、これはもう大変なことなんです。軽々しく言葉をかけられない。 本当に、本当に相手のことを考えた行動、言動になるのです。

 だから、そういう気持ちになれずに、何となく女の子と一緒にいると楽しい、彼女はいますよ…という軽い感じの人は、『愛』というものを、もっともっと深く考えた方がいいのです。 恋愛にも達していない、もしかしたら「恋愛ごっこ」、遊びのレベルかも知れないのです。

 『愛』は、「与えるもの」です。与え続けるものです。次に相手の欠点ではなく、よいところを見つけよう、と書いてあります。 これも実は『愛』なのだといういことは、知っておいてください。決してささやかな『愛』ではありません。 けっこう大きいかも知れません。彼女と一緒に、つき合って、どこかにお出かけして、お食事して…ということを、ただただ何となくおつとめしているならば、男女にかかわらず、 相手のよい面を見つけることに日々努めている人の『愛』の方が、レベルが上です。 そちらの『愛』のランクの方が高いのです。

 奪う姿は醜いものですが、与える姿は美しいのです。真に相手の幸せを願って、人に尽くそう、人のためによかれと思うことをなそう、と思った人には『愛』が満ちあふれているのです。 そうした人は、男女に関わらず美しく見えます。その美しさは、外見の美しさではなく、心の中からわき起こってきた、内面からにじみ出てきた、ほとばしり出た美しさです。

 とあります。『愛』、これがないと、どんなに化粧をしても女性は美しく見えません。悲しいけどそうなんです。 君たちも、心が美しくなってください。真の美しさは、愛あふれる行為のなかにあります。明日は、そうした『愛』というものを考える一日であって欲しいと思います。 明るく元気に、さわやかに生きてください。さぁ、新たなる大海へ、進んで行きましょう。

(注):本誌第32号参照

 
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このページの更新履歴

2019/01/04 修正
2005/10/20 リニューアル
2005/04/10 公開


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